栗本慎一郎「パンツを脱いだサル」内容紹介

パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか

パンツを脱いだサル―ヒトは、どうして生きていくのか

「感想」ばかり書くのもなんなので内容をざっと紹介してみる。

序章 それは病から始まった

自らの脳梗塞体験を語るマクラ部分。例の血栓を溶かすミミズの酵素の話ですね。のっけからまた怪しげな… それが栗本です。
「ワシが何で脳梗塞にならなきゃイカンのじゃい! そもそもサルの分際で二足歩行など始めたのが悪い。何で無理して二本の足だけで歩かなければならないんだ? ちっともいいことなんか無いじゃないか。これは妙だぜ…」とセンセの天才的な直観は蠢き始め、やがて「人類進化の驚くべき秘密の発見」へと結びついて行くのであります。

第一章 ヒトはいかにしてヒトになったのか

いわゆる「アクア説」に基づいてヒトの「過剰な闘争本能」の起源を探った部分。
「アクア説」というのは別名「水生類人猿説」ともいいます。体毛の生え方や赤ん坊を水の中に放り込むとスイスイ泳ぎ始めてしまうという事実を根拠に、人類は、その進化の途上、一時期水中で生活していたことがあったのではないかというお話です。*1
センセはエレイン・モーガンの「人は海辺で進化した」人は海辺で進化した―人類進化の新理論をネタ本に「アクア説」の紹介を進めているらしいのですが、これが実に手際がいい。生後三ヶ月から始まる喉頭移動の話から始まり幼児突然死症候群の話を経て、謎が高まったところで一気に「アクア説」へとなだれ込んで行く。エレイン・モーガンは読んだことがないんだけど、きっとネタ本より面白いんじゃないかなぁ。アフリカ大地溝帯の入り口にあるダナキル地塁に閉じこめられた人類が海辺を彷徨う様が彷彿と目の前に浮かんできました。才能だよなぁ。正直言って私はこの第一章が一番面白かった。*2

第二章 現在に至るパンツ

「パンツ」とは何か? それこそがこのシリーズの中心概念であり、一言で言えるくらいなら何冊も本を書く必要などないわけですが、それでも敢えて一言でいうならば、ヒトが生き延びるために発明した虚構(フィクション)とでも言うべきものなんじゃないかなぁ… 多分そうだと思う。そんな「パンツ」の例として「言語」「宗教」「民族」「国家」と挙げていっていよいよ「貨幣」にたどり着きます。
「自己増殖する価値」である「貨幣」について問題なのは、時代を経るに従ってそれが「生産」過程への投入を経ることなく、マネーゲームを介して直接「自己増殖」を始めるようになったことです。こうなると「貨幣」の暴走を誰も止められません。ヒトが身にまとった「パンツ」であったはずの「貨幣」がヒトを支配する。衣服がそれを着るヒトを支配する…「カエアンの聖衣」カエアンの聖衣 (ハヤカワ文庫 SF 512)か?!(イカン、また一般人に通じないSFオタクネタが…)
そこでその「貨幣」の原理の体現者として登場するのが「ユダヤ人」だというわけです。ソ連の誕生につながったロシア革命だって実はユダヤ資本が陰で糸を引いていたんだと栗本センセは主張するのですが、それってやっぱり「ユダヤ陰謀史観」そのものじゃない? ユダヤ人が悪意をもってそういうことをやっているわけではない、「貨幣」の原理に従って行動していると必然的にそういう行動を取らざるを得なくなってくる、そういう人間の意志を超えた力が存在してるということが主張したいことなんだから、これは陰謀論ではないと、栗本センセは言いたいらしいんだけど、でも、普通に読んだらこれは「ユダヤ人の陰謀」ということになっちゃうよね。「ロシア革命自体が世界に戦争と紛争を拡大する手段として企画された」なんて、少なくとも私は信じない。*3 でも、栗本慎一郎はそうほのめかすのだ。*4 センセ、大丈夫ですか? 電波ですか? とにかく、次の章に進みます。

第三章 同時多発テロと国際関係

何だか長くなってきたな。以下、簡単にいきます。疲れてきたし…
ユダヤ資金資本」は今でも世界を操っているんだぞというお話。
9.11同時多発テロがネタです。あれは、日本軍の暗号が解読されていて最初からバレバレだった真珠湾「奇襲」攻撃と同じで、「やらせ」だったとのこと。そこまではよく聞く話だけど、問題はブッシュが敢えて「やらせ」た「動機」。イスラムアメリカの公然の敵に仕立て上げることによって一度は敵に回してしまった「ユダヤ金融資本」と同盟を結ぶためなんだって。もちろんケネディ暗殺の黒幕も「ユダヤ金融資本」。次期大統領になる可能性の高いヒラリー・クリントンも実はユダヤ人。*5 「本書は陰謀史の本ではない」*6だなんて、センセ、だったらもっと他に書き方はなかったのかしら?


…ちょっと時間が空いてしまいました。夕飯食べて、子供に算数教えて、録っておいた「タイガー&ドラゴン」第2回を一家で見て、いやぁ、一家団欒というのも時間がかかるわい。もう零時を回ってしまったけれど、明日は時間がなさそうだから今夜中に書いてしまおう。しかしまぁ、阿部サダヲって凄いなぁ、すべてを捨ててるな… 関係ないか…

第四章 ユダヤ人の起源の謎

主たるネタ本はアーサー・ケストラーの「ユダヤ人とは誰か」ISBN:4879191027ユダヤ人の90%を占める東方ユダヤアシュケナージは古代パレスチナにいたあのユダヤ人ではなく、それとは縁もゆかりもない中央アジアのトルコ系遊牧民族カザール人(又はハザール人)だったというお話。
私も十五年前にケストラーの本で初めてこの話を知ったときは、エエエェ!っと、それこそ天地がひっくり返るような衝撃を受けたものでした。だって、あのユダヤ人が、近代社会の思想界を支配したあのユダヤ人たちが、マルクスフロイトアインシュタインも、それからもっと小粒になるけれど「現代思想」界のスターたちであるあのヴィトゲンシュタインレヴィ=ストロースデリダも、それからそれから現代のグローパル資本主義社会を支配するユダヤ系財閥のお歴々も、みぃーんな、世間一般に理解されている「あのユダヤ人」じゃなくて、それとは全く縁もゆかりもない「別のユダヤ人」だったんですか? その「別のユダヤ人」がパレスチナに「国家」を構えて「我々は故郷に帰還した」なんて言ってるんですか? それって詐欺じゃない? ペテンじゃない? 我々を騙していた訳なの?!
…やっぱり凄い話ですよね。
で、凄い話は凄い話として、そのことでもって、栗本センセは何が言いたかったのか?
そもそも「ユダヤ人」という観念自体が虚構、すなわち「パンツ」に他ならない、そんな「パンツ」はさっさと捨てて「真実」に生きる道を模索しないとヒトは生き残れないぜってことなんだろうと思う。
だけど、センセ、そんなこと、日本語で日本人に説教しても仕方ないでしょう? アシュケナージユダヤ人に言ってやんなさいって!、と突っ込んだところでこの章の紹介はお終い。

第五章 政治陰謀としてのビートルズ(仕掛かり中)

「本論」の流れからはちょっと外れた「おまけ」。ネタ本はウィルソン・ブライアン・キイの「メディア・セックス」メディア・セックス (集英社文庫)
皆さん、「サブリミナル広告」って言うのをご存じですか? 無意識にしか感じ取れないメッセージを広告の中に埋め込んでおいて視聴者の潜在意識を操る手法のことです。例えば映画館で上映する映画の中に、美味しそうにコーラを飲み干す映像を組み込んでおくのです。ただし非常に短い時間だけ、何度も画面に表示されるように。本当に短い時間(例えば0.05秒とか)なので観客は何の映像だったのか分かりません。それどころか映画の中に何か関係のない映像が混じっていたことにすら気がつかない。しかし何度も見せられる。しばらくすると観客は何だか自分では理由が分からないのだけど無性にコーラが飲みたくなってくる。かくして休憩時間になるとお客が売店に殺到することになります。
それと同じ手法がビートルズの歌にも使われていて聴衆はマインド・コントロール受けていた、だからあんなにうけたんだ、音楽が素晴らしかったからじゃないんだぞ、というのが先生の主張です。もちろんその背後にいたのは「ユダヤ資本」。
彼らが「現実」や「政治」や「社会」からの「逃避」しか呼びかけなかったというセンセの「ビートルズ評価」には実は全面的に賛成。でも、ビートルズが「若者を政治から引き離すためにユダヤ資本が仕掛けた罠」であったという「ユダヤ陰謀史観」は却下。いくら何でもそれは「電波」じゃありませんか?

第六章 結論

「パンツ」は危険だ。「パンツ」はヒトを支配する。「パンツ」脱ぎますか、それとも「パンツ」と心中しますか? イヤでしょう? だったら我々は「パンツ」を脱ぎ捨て「共生」を目ざす新しい生き方を模索しなくてはならないんだ……と言うのが結論みたいなんだけど、二十四年間待たされてこれですか? こんな「ことば」だけの「理念」や「道徳」の呼びかけが結論ですか? こんな「ことば」だけでは、どんなにそこに思いを込めても、インパクトに欠けると思うんです、正直言って。
何か「事実」をもってして「共生」という道を指し示してもらいたかった。例えば植物の生存にとって不可欠な葉緑体や、我々の生存にとっても不可欠なミトコンドリアが、実は外部に由来する細菌が細胞内に取り込まれたものだったとか、或いは最近「Wired News」で見かけたこんなニュースhttp://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20041013306.htmlはいかがでしょう? 細胞の数という点では体細胞の数よりもそこに「寄生又は共生」する細菌の細胞数の方が多いなんてびっくりしましたよ、私は。「共生」への道はこんな生物学的な(或いは社会的な)「事実」の掘り下げの中からしか見えてこないんじゃないかなぁ…

で、結局、この本はお薦めか?

もしあなたがここで栗本センセがネタ本にした諸作、すなわち:

で扱われたテーマを初めて耳にしたのであれば、躊躇なく、まずはこの「パンツを脱いだサル」の方を読んでみることをお薦めします。栗本センセの紹介はとっても手際がいい。手際がいいだけでなく、「語り」が面白おかしくて巧妙でしかも読みやすい。ネタ本そのものに当たるより楽しく読めることは間違いありません。特にケストラーですね。「内容」は面白いんだけど、本としては「面白い本」ではないんです、実は。退屈だった。キイも「微妙」ですね。読んでいて興奮する部分もあるけれど、しつこくて長すぎるような気もする。*7 それに3冊分の内容を1冊で読めるなんてお得ですよね。*8
 そしてもし気に入ってもらえたなら、今度は前作である「パンツをはいたサル(新版)」ISBN:4768468993てくださいね。正直言って昔の方が良かったような気がする、やっぱり。

一方、「栗本がネタにした話など既にみんな知っていたわい!」と豪語するあなたには、栗本その人のファンでなければ、積極的に薦めようとは思いません。センセは話は面白いんだけど、どうにも脇が甘くて、下手に知っている人が読むとまず間違いなく突っ込みどころ満載なのです。
でも、栗本その人のファンであるならば、これはもう読むしかないですよね。
自分の場合は、「栗本センセご本人の主張」の部分に物足りなさを感じながらも、やっぱり「新作」が読めたということがとても嬉しかった。センセはやっぱり元気でした。脳梗塞の影などみじんも感じさせません。だから今度はもっといい本を書いてください。私、待ってますから…

*1:あまり一般的ではないかもしれませんが昔からあって、知っている人は普通に知っている説です。私も子供の時から知ってました、ブライアン・W・オールディスの短編SF「小さな暴露」(早川SFシリーズ「ニューワールズ傑作選」収録)を読んだことがあったから。そんなSFオタクの自慢話はどうでもいいですね。済みません。(←栗本調脱線)

*2:ただ喉頭が後退するとどうして食べ物が気管に入りやすくなってしまうのか、掲載されている図からだけではよく分かりませんでした。立体的な位置関係がのみこめない。ここら辺は解剖学者の養老孟司あたりにでも検証してもらいたい。その伝で行くとアフリカ大地溝帯地殻変動とダナキル地塁がダナキル島となるメカニズムについては石黒耀か? だって、栗本センセの言うことはめちゃくちゃに面白いんだけど、怪しいんだもの、いつだって。

*3:それは様々な目的から「戦争と紛争を拡大する手段」としてロシア革命を援助した勢力はいくらでもいただろうし、その中の一つとして「ユダヤ資本」が存在していたということもあるだろう。でも、それとロシア革命自体が「手段」として「誰か」に「企画された」というのとは全然違う。「(まじめな)元共産主義者」のなかにもこうした見方をするという人がいると、栗本センセはそれが何か信憑性を増す要素ででもあるかのように書くのだけど、違うでしょう。挫折した元共産主義者だからこそ「自己正当化」のために「あれは陰謀だったのだ」ということにしてしまわなければ気が済まないんじゃないですか? まじめだからこそ、そんな自己欺瞞をまじめに信じ込んでしまうんじゃないんですか? それって人間の心理の常識じゃないんですか?

*4:p.109

*5:ヒラリーの自伝を読んでいたらインディアンの血が混じっていることは書いてあったけれど、ユダヤ人のことは書いてなかったような気がする。読み落としたのかもしれないけど。だってものすごく退屈な本だったんだもの。それに先祖を辿れば一人ぐらいはユダヤ人の血を引く人が出てくるのは欧米人にとって珍しくないことなんじゃないの? センセの強引な理論展開を読んでいるとかえってみんな怪しく思えてくるぜ。

*6:p.155

*7:エレイン・モーガンは読んだことがないのですが、栗本センセの「語り」はあまりにも見事なので多分「栗本の勝ち」で間違いないと思います。

*8:そこの「原典主義」の「読書人」のあなた、怒らない、怒らない…