寒くて暗くて「昨日」?

Big Bam Boom

Big Bam Boom

人間歳をとると心が前に進んで行かず過去ばかり振り返るようになるもので、そこで突如として重要度を増してくるのが懐メロである。そんなわけでついふらふらっと買ってしまったのがこれ。1984年のリリースだからもう四半世紀も前のヒット作だ。
ホール&オーツが特に好きだったというわけではないが、このアルバムだけは別格。何か知らんがサウンドがやたらとクールでカッチョイイ。本当にこれがホール&オーツか? お前らどうしちゃったの? オイ、みんな聴けよ。これはタダ事じゃないぜ、と周囲に触れ回ったが、当時の日本でホール&オーツかといえば「外人大好き私ってセンスよくてカッコイイのよ」タイプの婦女子御用達のアイドル(つまりホール&オーツのファンとはダリル・ホールの「顔」のファンである女子である*1)と見られていたせいか、冷たい視線が返ってくるばかり。
が、しかし、四半世紀の時を経て聴き返してみても、やっぱりこのアルバムのサウンドは尋常ならざるほどにクールで切れ味が鋭い。絶対的にカッコイイ。全米ナンバーワンヒットになった「Out of Touch」ももちろん好いけれど、「Method of Modern Love」や「Cold Dark and Yesterday」や「Possession Obsession」もそれと同等かそれ以上に好い。


で、本題はようやくここからなのだけど、特に自分が好きな「Cold Dark and Yesterday」の話。
ホール&オーツが初めてオーストラリアへツアーへ行った時のこと。燦々と夏の陽射しが降り注ぐニューヨーク(北半球)を発って(南半球にある)オーストラリアに着いてみると冬。そのあまりの落差に一同ビックリしていると、同行者の一人が言った。「スゲェーじゃん、ここは寒くて暗くて『昨日』なんだぜ」。つまり「It's Cold Dark and Yesterday」と。それを聞いたジョン・オーツが「カッコイイ! それ、オレ曲にする!」。というわけで出来たのがこの「Cold Dark and Yesterday」。
ライナーノーツに書かれていたこのエピソードを読んで、うん、そりゃスゴイや、と一旦は思ったのだけれど、よく考えてみるとどうもおかしい。本当は「寒くて暗くて『明日』」になるはずなんじゃないだろうか?
だって、日付変更線はアメリカとオーストラリアの間にあるのだ。アメリカからオーストラリアに向かって日付変更線を越えれば日付は一日プラスされ、逆にオーストラリアからアメリカに向かって日付変更線を越えれば日付は一日マイナスされる。だから成田から午後3時にニューヨークへ向かって出発し日付変更線を越えれば同じ日の午前10時(出発時間の5時間前)にニューヨークに着くというへんてこなことが起こったりする。「新しい一日」は常に太平洋上から始まり西に移動して行く。だから例えばニューヨークが8月1日であるときにオーストラリアが8月2日であることはあり得ても、その逆であることはあり得ない。


というわけで、ホール&オーツご一行様が勘違いしていたことは間違いないのだけれど、どうして彼らがそんな勘違いをしてしまったのか、更に考えてみた。
で、気がついたのだけど、西に行くほど時間を遡るというのがアメリカ人の一般的な感覚なのだよな、きっと。
ご承知のようにアメリカはバカでかい国で同じ国の中に時差がある。東海岸のニューヨークで朝の6時だとすると、その西側のシカゴでは一時間前の午前5時。更に西に進んで西海岸のロサンゼルスまで来ると3時間前の午前3時。更に西に進んで太平洋上のハワイに行けば6時間前の午前0時。ちょうど一日が始まったところだ。従ってそれより西のオーストラリアまで来れば時間は「前の日」になってしまうはずだというのがアメリカ人の一般的な感覚なのではあるまいかと… 多分そうだな…


日付変更線の存在をうっかり忘れてしまうところが(或いはひょっとしたら知っていてもその存在をあえて無視して自分たちの「感覚」の方を優先させるところが)世界の中心が自分たちだと思っているアメリカ人らしい傲慢さの現れだという気がしなくもないけれど、本件に限り、それはそれでいいかも、と思う。
だって、「Cold Dark and Tomorrow」では語呂もイメージも合わないような気がする。「Cold Dark and Yesterday」だからこそ、あのようなクールな曲になったのではあるまいかと…


ついでなので「Cold Dark and Yesterday」を貼っておく。音質がイマイチなのでサウンドの素晴らしさが伝わらないかもしれないけど。



プロモがダサくて興醒めだけど「Method of Modern Love」も貼っておく。目をつぶってクールなサウンドだけ味わうように。



どうせなので「Possession Obsession」も貼っておく。これもプロモがダサい。こんなのだったら作らない方がいいよね。でも曲としては聴けば聴くほど味が出る名曲だと思う。何とも言えない余韻が残ってアルバムのシメとしてピッタシ。

*1:確かにダリル・ホールの「顔」は当時の少女漫画の「クセの強い絵」で描かれるところの典型的な「男の顔」。あんな角張った顔のどこがいいんだと思うが、他人の好みのことなので知ったことではない。イヤ、決して僻んでいるのではないから。