山岸凉子に背負い投げを食らった件

バレーものだという理由だけで敬遠していた山岸凉子の『テレプシコーラ』第一部を今頃になって読んだ。
何気なく手に取ったら冒頭から物の怪というか妖怪というか『孔子暗黒伝』で諸星大二郎描くところの「餓鬼」さながらのバレリーナが転校生として登場してくるのでようやくのことで普通のバレーもののマンガじゃないんだということに気がつかされたのだ。
だってそうだよな、あの『日出処の天子』の山岸凉子だもな…
バレーものの少女漫画を読み始めたどこの誰が児童ポルノの撮影現場まで連れて行かれると予想できるだろう?
これだけでもう山岸凉子は立派な人非人である。


…ところがこの異相の天才バレリーナは途中で物語から文字通り遁走してしまう。
代わってバレー学校を主催する母親の下で育てられる美少女姉妹(もちろんバレリーナ)が話の主軸となってゆく。こちらは当然のことながら異相の天才バレリーナがそのうちあっと驚くような形で再登場するに違いないと期待して読み進んでゆくのだが、いつまで経ってもいっこうにその気配はない。
これじゃスポ根漫画じゃん。スポ根ものとしては面白いからいいか…。でも、これって、羊頭狗肉のたぐいだよな… いくら山岸凉子でもバレー少女漫画に児童ポルノじゃ過激すぎて路線変更を迫られたのかな…


…などと思いながら最後の第10巻に取りかかると…見事な背負い投げを食らいました…orz


すみません。甘かったです。これ、少女漫画でもスポ根漫画でもなかったんですね。


思いっきりネタバレを覚悟で書くのだけど、確かにこれ以外の展開はあり得ない。
自殺者の心理があまりにも精緻かつリアルに描かれているので慄然とするばかり。苦難から立ち上がる兆しが見えたかのように思えるその一瞬が危ない。
「私はバレリーナ以外のものになってはいけないの?」とつぶやく姉が正直言って怖い。
家族の、特に母親の言動が娘を自殺へ追い込んでゆくのだけれど、これもリアルだよなぁ…
ビルから飛び降りて身体はぐちゃぐちゃ、顔だけ綺麗って、何それ、悪趣味すぎない…


山岸先生、あなたはそこまでやるんですか?
ものの見事な背負い投げを食らった私は、その場に投げ出されたまま身動きも出来ず、ただ呆然と空を仰いで腑抜けのようにつぶやくばかりであります。
以上。お粗末。