岡崎京子「恋とはどういうものかしら?」

岡崎京子の「恋とはどういうものかしら?」をようやく読んだ。

正直言って、最近降って湧いたように始まった岡崎京子出版ブームを当て込んだ、いい加減な寄せ集め企画なのではあるまいかと疑ってかかっていたのだけれど、実際に読んでみたら、全然そんなことはなかった。むしろ作品の選択・配列・装丁のすべてが、念入りに練り上げられた好短編集。


SLEEPLESS DOG NIGHT
冒頭の軽い小品。一見、思いっきり刹那的でオシャレなラブ・ストーリーのような見かけで始まったのに、突如として、「働けども、働けども、暮らしが楽にならない。インテリアコーディネーターが何だ!! ナウが何だ!!」と彼氏は絶叫し、彼女は不倫相手に「どんどんあなたを好きになるわ。そして知りたくなる。ボーナスの明細だとか、小学校の頃のホームランの数とか、初めてぼっきしたのはいつだとか」と迫りはじめる。とたんに「恋の絶対空間」は足下をすくわれ、舞台装置は「冗談」の気を帯びる。「シャレよ、シャレ」とすました作者の顔が脳裏にちらついて、「ああ。やっぱり、これが岡崎だよなぁ…」と早くも感涙にむせびはじめる。


東京ラヴァーズ3編
オシャレな都会に暮らすオシャレな人たちのオシャレな恋愛模様のスケッチ3編。煮詰まった恋はわかしすぎたコーヒーの味がして、恋の魔法もベッドのそばに落ちていた一個のピアスで解けてしまい、男に捨てられたってすぐに新たな恋が転がり込んできて高校生のような胸の高鳴りを覚えるだろう…。だから何だ? 「読者はそんな作品を求めてるんです」と言われれば、さっさと引き受け、軽く流す。それが「お仕事」? それが「岡崎」? さあ、どんどんページをめくろう。


ピンク・ガールズ・ブルース
ピンクの憂鬱。色鉛筆でノートの片隅に描かれたような小さなポエジー。背反する二重の旋律。それが「岡崎」。


いつか、あなたの椅子を買いに行こう
少女漫画だ! ananに描くとき、岡崎は少女マンガ家に変身するのだろうか?


東京は朝の7時
朝日ジャーナル」が廃刊になったって東京に朝は来ます、と描いてみる実験。文化人してます。


ねえ、女の子って何でできてるの?
例えば「カトゥーンズ」に入っていた「シキューテキシュツ大作戦」とか、もっと大昔の「EATING PLEASURE」とか、或いは「pink」の第16章「ブラッディ・ラヴァーズ」あたりのエピソードとか、何度も使い回してる生理ネタだけど、これはやっぱり大島弓子が元祖なんだろうか?
「トイレに散る赤をみて、あたしは『ばらの花みたいできれいじゃん』と思った。そして野田山さんは決してそうは思わなかったんだなとか、ふと、思った」というところは大島弓子から来ていて、「え、じゃ、あったの? やったじゃん。ラッキーウッキーモンキー!! いや、あん時ヤバイと」は岡崎京子だと思う。


「恋愛に限界はあるのか?」
冒頭、いきなり、正々堂々と「綿の国星」(大島弓子)だったので随喜の涙。


「素敵な時間」
いい話だ。好きだ。


「恋のワンダー・ウルトラ・スーパー・ガール」
「スーパー・ガール」(或いは「ワンダーウーマン」?)プラス「キングコング」。東京タワーによじ登って戦闘機と戦うシーンを入れて欲しかった…


「砂漠王子と砂漠女王」
大変な名作だと思ってる。掲示板の常連だったkorosukeさんが「ドラえもん」は日本人共通の「無意識の枠組み」となっているというようなことを書いていたが、全くその通りで、その「無意識の枠組み」を使いこなしてみせるのが岡崎京子の「才能」だ。


「我買うゆえに我有り」
バブル期末期のお話。「待ってました! これぞ岡崎京子!」と喝采してみたものの、はたして「いまどきの若者」はこの話を読んで理解できるのだろうか?などと気にかけてみたりもする。先の見えない不況の中にどっぷり漬かっている今の日本においても、このお話は「有効」であり得るのだろうか?と…
「買わないと殺される(でも一体だれに?)」…それはもちろん、市場経済というシステムに。
バブルの中で我々を翻弄したそのシステムは、不況の今でもしっかり現役で、我々をがんじがらめにし続けていることには、何の変わりもないのだけど…


「HUMMING BIRD」
殺してしまった恋人を冷蔵庫に保存して朝昼晩と食べる女の子のお話。SM雑誌でのお仕事。


「初恋・地獄篇…またはヨーコと一郎」
いい話だ。好きだ。


「恋人たちI」

「恋人たちII」
「恋とはどういうものかしら?」

なんだか同じような話が続く。これは倦怠なのか、苛立ちなのか?
それにしても「ゴリラと肛門性交をする野沢直子」にはびびった。これが岡崎京子だけど、それを放っておく編集も偉い。このノリで「平成枯れススキ」も収録して欲しかった…


「Blue Blue Blue」
中身的には大した話じゃないと思うものの、「匂い」から恋が始まったり、若い恋人の背中に火傷の痕が刻まれていたりという、インパクトの強い細部に仰天させられる。この時期の岡崎の筆には神が宿っていた…


「冷蔵庫女」
「みりん星人大襲撃」
「DONADONA」

某レディース・コミックス誌に3ヶ月連続して掲載された短編群。このクールな手際の良さ。技術的に言って、もはや「手練れ」の域に達したか… 中身的には分かったような、分からんような… 特に「冷蔵庫女」。これがホントの「傑作」なのか、何か有りそで実は何も無いカッコだけの作品なのか、未だに良く分からない。カッコだけなのだとしても、これだけカッコを付けられるというのは、もはや、一つの芸なのだけど…


「にちようび」
このようなテーマをこんな風に描ききってしまえるマンガ家は、良くも悪くも、岡崎京子しかいない。社会のシステムに対する「肉体的感覚」の鋭さ。軽めに始まり、後半にかけて重苦しさを増してゆくこの短編集の末尾を飾るとどめの一撃!


「中華刑事・周 夜霧よ今夜もありがとう」
くだらない話だ。本当にどうしようもない。無意味な、クズ。そのクズなところが魂の琴線に触れる、ご機嫌なデザート。うまい編集だと思う。



続けて試運転のための再アップロード第二弾です。同日複数エントリーがどんな風に見えるのか試したいもので…