不義の子スターリン(Brackman Chap.01)

The Secret File of Joseph Stalin: A Hidden Life

The Secret File of Joseph Stalin: A Hidden Life

スターリンの伝記に面白いものはまず無い。蛇蝎のごとき極悪人として描くか、神のごとき英雄として描くか、その両極端しか存在しないと言い切ってもいいくらいだ。いずれにせよ、その記述は単純化され、人物像はどうしても薄っぺらなものになってしまう。オイオイ、やめてくれよ、人間ってもっと複雑怪奇なものなんじゃないかと、ページをめくるうちにぼやきたくなって来ることは必至。本書も例外ではない。


まだ第一章を読んだだけなんだけど、スターリンの本当の父親は村の聖職者エグナタシヴィリだと事実上断定している点で、他の伝記とは風合いが違う。普通の伝記だと、「父親には諸説あるけど、やっぱり戸籍通り、貧しい靴職人ヴィッサリオンでしょう」となるところだ。本書に出典として引用されているロバート・コンクエストの伝記「スターリン ユーラシアの亡霊」ISBN:4788794217、エグナタシヴィリの名は挙げられているが、やっぱり本当の父親はヴィッサリオンだというのが結論。しかも、コンケストの本では、エグナタシヴィリは裕福な商人だとされている。どちらが正しいのか? 素直に考えれば後に出版された本書の方がより正確だということになるはずなんだけど、本当かな…
本書に従えば、ヴィッサリオンもスターリンが自分の子ではないことに気付いていて、だからこそ、妻やスターリンに暴力をふるったのだということになる。後に村の教会学校からスターリンを首都チフリスへ連れ出して靴職人にしようとしたのも、妻への復讐のため。しかも、このチフリス時代、ヴィッサリオンはスターリンに対する児童虐待の罪で刑務所に入れられたというのだ。スターリンが村の教会学校に復学できたのもヴィッサリオンが刑務所に入れられたからだという。
「残虐な父親に育てられたが故に性格が歪んでしまったスターリン」という昔ながらの俗説を更に強化したような話の展開で、正直言って、何だかなぁという感じ。近年の歴史家たちが積み重ねてきた成果を覆すなら、それなりの根拠を示して欲しい。
若き日のスターリンその人も他の伝記に比して更に邪悪だ。チフリスの神学校に進学してから左翼活動を始めたものの、同志たちといさかいを起こしたというところまでは他の伝記と同じだが、本書によれば、スターリンはこの対立した同志たちを罠に嵌めたという。すなわち彼らの部屋に非合法文書を隠した上で学校当局へ密告したのだ。


この本をつまらなくしている最大の要因はスターリンへの悪意が剥き出しにされていところにある。スターリン時代の強制収容所から命からがら西側へ逃げ出したユダヤ人という著者の経歴からすれば無理もないところだが、それにしても芸がない。悪意は隠匿されなければその効果を発揮しない。あたかも客観的な記述をしているように見せかけて、読者を惑わし、スターリンは悪人だという判断を読者が自ら主体的に下したのだと錯覚させなくては一流のプロパガンダだとは言えない。

まだまだ37章も残っている。前途多難の予感…



≪追記≫

どこかぞっき本風の赤い表紙に,食指はまったく動かなかった。しかも厚さが五センチ近くもある。第一「秘密」などという単語が入った本にろくなものがあるはずがない

亀山先生のこの第一印象は正しかったのではないかと思う。先生自身は読んでみたら結構面白かったということになったらしいのだが、しかしこの本は「読み方」が必要な本だ。決してそこに書いてあることを鵜呑みにしてはいけない。脚注にはズラリと「出典」が並べてあるが、自分が確認できたコンクエストの本に関する限りでは、その引用のしかたは非常に恣意的で、むしろコンクエストの本の内容を誤解させるような類のものだ。一事を以て万事と成してはいけないのかもしれないが、他の出典に関しても同じことをやっている可能性は高い。信頼性に問題のある資料も相当混じっていそうな気配。特にインタビューの類が臭い。
スターリン二重スパイ説そのものについては、それが事実である可能性は非常に高いと思う。
ただし、それが意味するところは、実は、一般に思われるであろうところとはかなり違っているのではないかと思う。ラジンスキーがその著書赤いツァーリ―スターリン、封印された生涯〈上〉赤いツァーリ―スターリン、封印された生涯〈下〉でほのめかしていたように、当時の革命家たちにとって二重スパイであることは必ずしも裏切り者であることを意味していたわけではないのかもしれない。当時の人々の心の有り様は今の人々の心の有り様とはかけ離れたものであった可能性もあるのだ。(2006/07/22)