ル・グウィン「影との戦い」(ゲド戦記第一巻)

影との戦い―ゲド戦記 1

影との戦い―ゲド戦記 1

本棚を眺めているうちにその気になってついつい読み返してしまう。多分四回か五回目だと思う。最初に読んだのは30年前で、最後に読み返したのは2〜3年前。
前回読んだときはペーパーバックだったのでル・グウィンって英語が巧いな、と思った。つまり何といったらいいのか、頭のいい人が書いた文章という感じがするのだ。短くて易しい文の中にたっぷり内容が詰まっている。
今回は岩波から出ている清水真砂子の翻訳。これも見事な訳文だと思った。ル・グウィンの文の凝縮感はないのだが、しっくりと落ち着いている。翻訳と原文を読み比べると大抵は原文の方がいいように思えてくるのだが、この「影との戦い」に関してはどちらもそれぞれの味わいがあって甲乙付けがたい。
基本的にル・グウィンは好きな作家ではないが「影との戦い」だけは例外。選りに選ってル・グウィンみたいな底の浅い作家にどうしてこんな作品が書けてしまったのだろうと不思議に思う。言わせてもらえば作品自体が一つの奇跡だ。その後の巻はこの第一巻の足元にも及ばない。
ジブリによってアニメ化されるのがこの「影との戦い」でなくて本当に良かった。この第一巻に登場する「少年」ゲドのいかにも少年らしい魅力的な「傲慢さ」に不快感しか覚えないような人間には「影との戦い」をアニメ化する資格はないと自分は思っている。