川村二郎『河内幻視行』

久しぶりに『アースダイバー』系の話題を…

今から30年ほど前のある夏の日、奈良の明日香村から近鉄南大阪線に乗って大阪の天王寺に抜けた。電車は奈良盆地の南部から生駒山地金剛山地の間隙を通り抜けて大阪平野に出てくる。当時の自分はそうした土地の背後に潜んでいる歴史はもちろん、地理すらよく分かっておらず、その時自分がどこを移動しているのかすら定かではなかったのだけれど、今思えば藤井寺あたりにさしかかったときのことだった。
ちょうど平野の向こうに陽が沈もうとする頃で、地平線まで続く家並みが赤煉瓦色に照らされている。その光景を目にした途端、「ここはとてつもなく古いところだ」という「直感」が天から文字通り「天啓」の如く舞い降りてきたのだ。歴史にすら残っていない遠い昔から絶え間なく続いてきていて、時間の中に蓄積されてきた数多くの人々の日々の営みの余韻のようなものが、周囲の空気の中に充満し、自分の身を包み込んでくる。それは、その日一日かけて歩き回ってきた明日香村の古代遺跡と比べても、時間的にもっと古く、構造としてもより複雑で、規模の点でも更に巨大なものが確かにそこに存在しているという感覚だった。
本当にこれは後になって知ったことなのだが、実際、その時、電車は、いつ誰が誰のために作ったのかも定かでない無数の古墳の群れの真ん中を走り抜けているところだった。夕陽ばかりに気を取られていないで、振り返って南側の車窓に目をやっていたとしたら、応神天皇陵(と宮内庁が決めつけているだけで、本当は誰のものかわからない古墳)をはじめとする巨大古墳群が見えていたことだろう。

↓これがその「天啓」を受けた場所の地図(2008.6.7追記 Google Map の練習)

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…と、ここまで書いて読み返してみると、「私って霊感あるのよね。ヤバイところに行くとすぐわかる。ビビッときちゃうの」というのと同一レベルのことを書いているとしか思えない…
が、とにかく、そんな話を学生時代の先輩にしたところ、「君にぴったりの本があるぞ」と教えてくれたのがこの本。

河内幻視行

河内幻視行

アースダイバー』河内版といったら言い過ぎかもしれないが、大阪芸大に招かれたことをきっかけに河内地方の散策にのめり込んだドイツ文学の先生が、自分自身の足であちこち歩き回りながら時間を超えた「妄想」にふけるという趣向。
内容は大きく分けて、古墳、神社、寺、街道、聖徳太子大阪夏の陣、しんとく丸伝説、寺内町ニギハヤヒ伝説等に分かれているけど、正直言って神社仏閣の部分は退屈。神社の建築様式がどうだとか、何宗がどうしたとかいう話には興味なし。やはり興味をそそられるのは古墳や、実際に歩き回ったときに先生の目に映った風景と、その風景が先生の頭の中に掻き立てる「妄想」そのもの。

特に以下部分にはゾクゾクしてしまった。

大和国原から眺める時、山(引用者注:二上山)は雄岳が右、一段低い雌岳が左の相を示すが、その姿が最も美しく見えるのは、大和三山から三輪山の麓あたりからだと思う。晴れた日の夕暮れ、二つの峰の間に太陽が沈んで行く光景の素晴らしさは、まさしく言語に絶する…
(中略)
…太陽の沈む先が彼岸ならば、大和にとっては、ほかでもない河内が彼岸、死者の国だと言うことになる。実際、単なる空想にとどめるのではなく具体的な現実の営みによって、大和びとは河内を死の国たらしめていたと見ることができる。
田中日佐夫の『二上山』は、この山の古代史における意義を、死と葬送との関わりに即して解き明かした本である。この本によると、飛鳥時代の帝王たちが死ぬと、遺体を収めた柩は大和の飛鳥の地を出発して西に向かい、二上山の東に居住して葬送儀礼を司る当麻氏によって、魂鎮めの儀を執行された後、山の南側の竹内峠を越えて河内に入り、山の西の谷間に埋葬された。当然この西の谷が死者の世界と目されていたからだが、山を越えて行くのは、山がそもそも別の世界だという、「山中他界」の観念が古くからあったからでもある。
二上山の西側は墳墓の地である。そこへ柩を運ぶことには、「深浅し」地をとおって、竹内越えをしなくければならない。だから山中他界の観念をもつ古代人は、とうぜんこの二上山の竹内越えをそのように考え、葬送儀礼にとって重要な最後の段階と考えていたであろう。それに飛鳥地方からみた二上山は、この世(大和)とあの世(墳墓の地)を決定的にわけへだてる目じるしとしてこの上なく適当なものであった。言葉をかえていうならば、二上山こそ、あの世(彼岸)をへだてる「墻」であったのである。》

これを地図にまとめると↓こんな感じ。(2008.6.7追記 GoogleMapの練習)

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というわけで、標高データーを元にカシミール3Dで描いた二上山の鳥瞰図がこれ↓
二上山鳥瞰図
手前が奈良盆地、山の向こうが河内。山の左側に白く通じているのがこの本でいうところの「死者の道」竹内街道


ああ、何だかまた関西へ散歩しに行きたいな。今度はブロンプトンを持って…