Steve Reich: Variations for Winds, Strings and Keyboards

Variations Winds Strings Keyboards / Shaker Loops

Variations Winds Strings Keyboards / Shaker Loops

音楽に関しては基本的にバッハ・モーツァルト・ベートーベンの人だけれども、そんなものばかり聴いていると、ときに煮詰まってしまうこともある。
そんなときに引っ張り出してきて時々聴くのがこのCD。
スティーヴ・ライヒといえば昔流行ったミニマル・ミュージック界の大御所だが、数ある彼の作品の中でも、これは多分さほど有名でもないし、特に玄人筋(?)にウケがイイわけでもない作品だろう。
けれども自分的には妙に忘れられない。
何というか、他のスティーブ・ライヒと全然違うところがある。
ライヒの曲というのは、普通、無機的というか機械的であると思うのだけど、それに対して、この曲だけは妙に生々しい。妙に瑞々しいというか、「生命の息吹」みたいなものを感じてしまうのだ。
端的に言うと、自分はこの音楽に「海」を感じてしまう。もっと具体的に言うと、潮風に吹かれながら海の上を疾走して行く感覚がある。それはもう妙に生々しい感覚で、頬を撫でる風や、冷たい波しぶきや、潮の香りを、まざまざと感じてしまうのだ。
何しろミニマル・ミュージックだから山場もオチもない。同じパターンが延々と繰り返されて行くばかり。演奏時間の20分間、延々と、何もない海の上を海面すれすれにものすごい勢いで疾走し続けるだけ。
景色には何の変化もない。巨大なカンバスに綺麗な青い色をただ一面に塗りたくって、「ホラ、綺麗な色だろう」って見せられている感じでもある。
確かにその「青」は胸に染みいるほどに綺麗なのだけれど、そしてその色彩自体が自分の心を揺り動かしたことは間違いないのだけれど、カンバスをただ青く塗りたくっただけのものが果たして「絵」と言えるのだろうか? それと同じように、音色としては綺麗ではあるものの、延々と同じパターンが繰り返されるだけのこの「音響」を「音楽」と言えるのだろうか?

でも、この作品を前にしては、それは多分愚問なのだ。
真っ青な空があるとしよう。息を呑むような真っ青に晴れ上がった空だ。その真っ青な空を20分間じっと見つめていたら、何だか胸がきゅんとしてきて、生々しい生命の感触で圧倒される思いを味わったりしないだろうか?
ライヒのこの曲を聴くということは多分そういう体験をするということだ。
そして、そんな体験が「芸術」でなかったとしたら、何が芸術なのだろう、と自分は思う。